トーキョーサイダーが、東京市向島区吾嬬町 (現・東京都墨田区立花)で産声を上げたのは、1947(昭和22)年のこと。未だ混乱の続く戦後間もない頃に、焦土と化した東京の復興のシンボルとして生まれ、地元に愛され、その後42年という永きにわたって作り続けられた、まさに東京下町のシンボル地サイダーです。生みの親は、丸源飲料阿部商店(現・丸源飲料工業株式会社)。同社も戦災により社屋、工場を焼失しますが、終戦からわずか2年後にトーキョーサイダーを発売。そこには、同社だけでなく、地元東京の復興へ向けた熱い思いが込められていました。

その思いは、ラベルに採用されたドーム型の建物にも表現されています。それは、回向院境内に1909年に竣工した旧両国国技館で、火災や関東大震災、第二次世界大戦で被害を受けながらも耐え抜き、戦後復興の象徴とされた建物のひとつでした。ちなみに、ラベル内のEijiro ABEとは、トーキョーサイダーの発案者、丸源飲料工業株式会社二代目社長、阿部栄次郎のことです。

また、王冠に使用されているTokyo Brandマークは、シャンパングラスに気泡(あわ)をモチーフにしたデザインで、その後、丸源飲料工業株式会社が「トーキョー」という名称をもつ商品に共通して使用されました。

同社はその後、トーキョーオレンヂ(1951)など、次々と新商品を発売、トーキョーサイダーも「トーキョーサイダー純砂糖」、「トーキョーサイダーゴールド」など、配合を変えたスペシャルバージョンがありました。

丸源飲料工業株式会社では、プロモーションも兼ねて様々なイベントや、夏期には海の家などに積極的に出店、トーキョーサイダーは、多くの人々に愛されるブランドとなりました。さらに、当時社内には、「Tokyo Ciders」という野球チームもありました。同社がこのブランドに賭けていた情熱が分かりますね。また、1956(昭和31)年、銀座三越で開催された清涼飲料水大会では、東京下町を代表する地サイダーブランドとして、風格さえ感じられる堂々たる展示を行っています。

トーキョーサイダーの製造販売は1989(昭和64)年に終了しましたが、実は丸源飲料工業株式会社の創業80周年、および90周年を祝う記念品として、これまで2度ミニチュアボトルで、さらに数量・期間限定で復刻されたことがあります。しかし、往時を懐かしむ方々の声が日に日に高まり、2011年完全復刻(墨田区内限定販売)することになりました。そのオリジナルバージョンは、味はもちろん、ボトルやラベルのデザインまで、忠実に再現しています。また、オリジナルバージョンの発売とともに、東京スカイツリー(R)へのトリビュート版スカイツリーバージョンもデビューしました。

※東京スカイツリー(R)は、東武鉄道株式会社および
東武タワースカイツリー株式会社の登録商標です。

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